シアリィ / Cialy
クレアシオ村の跡地にて、なぜか枯れることなく咲き続けていた、白百合の花だった少女。エーヴィと出会い、魔法がきっかけで人の姿を得てからは彼を兄のように慕い、師匠と呼んで共に行動している。世界すべてが新鮮なのかあらゆることに興味を示し、とにかく好奇心旺盛。
自分の名前以外の記憶がなく、クレアシオ村の跡地に居た理由も不明。エーヴィと出会う少し前に〝不思議な女の人〟と夢の中で会話をして彼のことを聞いていたようだが、彼女の容姿については思い出せないという。
扱う剣の刃は実体がなく、彼女の魔力で生成している。剣技はエーヴィ仕込み。地道な修行をコツコツとこなし、ある程度の魔物とは渡り合えるくらいに成長した。攻撃魔法を習得するまでには至れていないものの、味方を補助する魔法は覚えることができた。エーヴィの放つ魔法を借りて剣に取り込むことも可能で、彼と連携して戦うことが多い。
剣士のような立ち回りをするにも関わらず、体力が低いのが短所であると理解しているため、時間がある時は浮遊大陸フルマラソンを自主的にしている。あまりにも戻ってこないため、エーヴィが探しに出たこともあった。
エーヴィ曰く、この世界を造り出したと伝えられている女神フェリシアの面影があるようだが、その理由は分かっていない。
INTRODUCTION
- 冥花と時の棺の中で
黎昏刻、彼方へと昇ってゆく魂たち。淡い光の道を見上げているエーヴィの隣で、シアリィもその光景をぼんやりと眺めていた。
生きるものには、有限の命がある。人間や動物だけでなく、精霊にさえ、時間は設けられているという。
ヴァスタリアでは途絶えた命の灯火を〝世界の種〟が拾い上げ、一度冥界へと送り届けて休ませる。そして、時が経つと、新たな存在として再び大地へ戻ってくるようになっている、と教えられた。
「それじゃあ、あなたもいつかは……?」
一見、普通のヒトと同じに見えるエーヴィ。長い時が経とうと枯れることのない白百合だったシアリィは、遠い未来で自分が取り残されてしまうのではないか、と思ってしまった。二人しかいない浮遊大陸、動物たちがたくさん住んでいるとはいえ、そうなってしまったら寂しいことだと。
そんなシアリィを見て、エーヴィは苦笑する。緩く頭を振って、彼は再び空を見上げた。
「オレは寿命では死なないよ。この命には、終わりがないから」
「終わりがない?」
「ずっと昔、人としてのオレはここで死んだようなものだ。その時から、永遠の生が義務付けられている」
守り人としての使命を背負い、劫と共に生きる者として在る。この命に制限はなく、普通のヒトのように老いて旅立つことはない――エーヴィは静かにそう語った。重い使命であるはずなのにその表情に憂いは一切なく、悲痛さも微塵も感じ取れない。
永遠を生きるとは、どういうものなのか。シアリィにはまだ、その意味が分からなかった。
その後シアリィは一度だけ、聖域内の廻の間と呼ばれる場所にある、樹木の下で眠り込んでいるエーヴィを見かけた。そんな彼のそばでは、冥界にも咲いているという白い花が、どこからか吹き込む微風に揺れていた。
風の道の先には、木の根に覆われた大きな石板がある。それは生命の輪廻が保たれるよう、世界の種との契約が刻まれたものだと書物には記されていた。
エーヴィは巡回で疲れていたのか、シアリィが近づいても目を覚まさず、小さな寝息を立てている。普通のヒトと同じようなことをする時もあるのだな、と、シアリィは彼の前に屈んで感じた。
――この命には、終わりがないから。
当然であることのように告げられた言葉がよぎる。
自分のことは、まだ何も分からない。それでも、彼を一人にはしたくない――そう思うのは、己の中にある〝誰か〟の記憶がそうさせるのか。ただ、もしそうだったとしても、今ここにいる自分がそのように思っていることに、間違いはない。
そう思いつつシアリィが彼の隣に腰かけた時、微かにひんやりとした空気が漂ってくる。
「っ、くしゅん! ここ、少し寒いなぁ。……あ、それなら――」
寒い日、寄り添って眠る人と人の物語を読んだことがある。きっとああすれば、冷える場所でも暖かくなれるに違いない、とシアリィは素直に思った。
起こしてしまうかな、と思いつつも、シアリィはエーヴィにそっと寄りかかった。鼓動がなくとも、微かなあたたかさはそこにある。それだけでも十分だった。
数時間後、目覚めたシアリィにエーヴィの外套がかけられていたのは、言うまでもない。
KEYWORD
- ① 敬愛
シアリィはエーヴィのことを師匠と呼び、慕っている。そこに人間で言う恋の感情はなく、あくまで尊敬している、という形。
かつて、彼と共に地上を巡った際に恋人と勘違いされたことがあったものの、それが何なのか分からず「コイビトって何ですか?」とエーヴィに尋ねてしまったこともあった。
「簡潔に言うなら……ずっと一緒にいたい人、って感じ、かな」
色恋沙汰にかなり疎いエーヴィは、言葉を絞り出してそう答えた。
が、シアリィは純粋な眼差しを向けながら、このように返す。
「? それなら間違ってないじゃないですか! わたし、あなたと一緒にいたいです! 色々なことを教えてくれますし、きっとこの気持ちがそうなんですよねっ」
聖域に戻ったのち、エーヴィはそれを(誤解を招かないためにも)訂正すべく、広大な書庫から人間界の辞書を必死に探したという。
なお、その件を経てから、地上では彼はシアリィのことを〝義理の妹〟として通している。
- ② 永遠の誓いの証
シアリィの髪飾りは、数千年前、エーヴィの故郷であるクレアシオ村で〝成人後、生涯をともにすると誓った人に贈る〟という風習のために作られていたものだった。特殊な魔法がかけられており、用いられている白百合は生花だが枯れることはない。
習わしでエーヴィもそれを一つ所持していたものの、成人した日に故郷が滅んだ彼は当然、それどころではなかった。かといって破棄することもできずにずっと魔法で保護してしまいこんでいたのを、片付けを手伝っていたシアリィが発見。風習がもう失われており、彼女が気に入っている様子だったため、そのまま譲ることにしたという。
- ③ 真っ赤で小さくて甘い果物
元々が植物だからか、シアリィも基本的には食事を必要としない体質。それでも〝食〟に対して強い興味を持つシアリィは、せっかく人の姿になったのだから、と、気になったものは(エーヴィの所持金が許せば)必ず食べるようにしている。
本編から三十二年前。王子が誕生した日、祝いの空気に包まれる王都をエーヴィとともに歩いていた彼女は〝イチゴ〟という果物と出会った。
「わぁ、こんなに美味しい果物があるんですか!? ど、どうして今まで知らなかったんでしょう……」
聖域のどこかにそれを栽培する場所が作られたのは、数日後のことである。
- ④ 白百合の記憶
微睡む中で、彼女は時々、奇妙な夢を見ていた。燃える世界、沈む世界、そして、目の前で消えていく〝誰か〟の姿――痛くなるほどの悲しさと、手を伸ばしても届かない虚しさが込み上げたところで目を覚ます。あとに残るのはいつも、朧げな光景と心の痛みだけだった。
ただ、二百年ほど前にエーヴィと出会ってからは、その夢は一度しか見ていなかった。
「魘されていたが、大丈夫か? ……そうだ、地上では、悪い夢をこの動物が食べてくれるって話があったな。たまたま一つ買ってあったから、君が持っておくといい」
そう言って、混沌とした戸棚から取り出した変な動物のぬいぐるみを渡してきたエーヴィ。その姿が霞んでいる中の何かと重なったことを、シアリィは上手く伝えられずにいる。
仲間たちからの所感
- エーヴィ:彼女はオレの大事な弟子でもあり、妹みたいな子でもある。最初は「呼び捨てでいいよ」って言ったんだが……頑なに「師匠って呼ばせてください!」と言って折れなくてな。オレは誰かに何かを教えた経験なんてなかったから、応えられるか少し心配だったけど、なんとかなったからよかったよ。それにしても……あの子を見ていると、故郷にいた子どもたちを思い出す。あの頃の楽しかった時間が戻ってきた、そんな気持ちになるんだ。
あとは、女神の――フェリシアの面影があるのが、ちょっと気になるんだけどな。他人の空似、とは思えない……何かしらの形で、関係しているとは思うんだが。
- アルファルド:白百合の花だった少女……エーヴィからその話を聞いた時は驚いたさ。どこからどう見ても普通の女の子だから、魔法って本当にすごいんだな、と改めて思うしかなかったよ。人間の食事に興味があるようだから、今度、彼と一緒に王都を案内する時間を取りたいと思ってる。きっと初めて見る食べ物もあるだろう。
そういえば、聖域の隅で何か育てていたみたいだが、あれは何なのか――えっ、イチゴ?
- レクト:純粋、ってこういう人のことを言うんだな、って思った。人間の世界では騙されたり、利用されやすいタイプでもあると思うから、最初は少し心配だったけど……そばにあの人が居るなら、心配いらなさそうだね。
- アイラ:シアリィちゃんは妹みたいね。そして健気で愛嬌もある。料理を教えたり、絵の描き方を伝えている時間がとても楽しいの。……彼女といえば……元々、お花だったのよね? 寿命とか大丈夫なのかしら。もう二百年は生きているようだから、杞憂だと思うけれど……。
- ノーフェ:どうして人の姿になれたのか分かっていないみたいだけど、そんな不思議なこともあるんだね。植物とか動物を人にする魔法は、大昔に禁呪に指定されて失われた、って聞いてたし。けど、理由がどうあれ、シアリィがあいつと出会えてよかったな、って思うよ……ほんとに。