エーヴィ・クライゼス / Evy Cryzeth

 


 浮遊大陸に存在する聖域でひっそりと暮らす、遥か昔に女神が造った白の大地に色を与えた、とされている〝創造の守り人〟を務める青年。定期的に人々の生きる大陸に降り立ち、世界を見て回っている。
 ごく稀に現れる、道に迷った魂を導く役目も担う。また、巡回の合間に時々、大鏡湖の湖畔で竪琴を弾いており、音色につられてやってきた小さな生きものに囲まれることも。

 温厚かつ常に冷静。慕ってくるシアリィを妹のように大切に思って面倒を見ており、世界の巡回についていきたいという彼女に戦う術を教えた。
 守り人は本来〝力を持たされた〟普通の人間であるため、年齢を重ね転生を繰り返して世界を守護すると言い伝えの中にはあるが、彼のそれは完全に停止している。その理由については誰にも語ろうとしない。

 人と神のあいだで立ち続けるため、時間の彼方にあらゆるものを置いてきた。本編から二百年前にシアリィと出会うまでは浮遊大陸にひとりきりだったようだが、特に寂しさなどは感じておらず、ヴァスタリアを守りながら静かに生きてきたという。

INTRODUCTION
  • 終わりなき使命と願い

     果たすべき使命。己の願い。守り抜くと決めたもの――広大なヴァスタリアの守護者として、数千年ものあいだ一人で立ち続けてきたエーヴィは、様々なものを抱きながら数えるのも億劫になるほどの歳月を生きてきた。

     変わってゆく世界。動き続ける世界。生きているからこそ、止まらない世界。その中で刻まれる時間は、清流のように前に進んでいる。

     助けた子どもが大人になり、やがて老いて空へと還る。

     栄えていた地が緩やかに滅び、小さな動物の住処となる。

     無人の地に芽生えた命が、時を経て豊かな苗床を築く。

     民を導く王が使命を全うし、次の時代が幕を開ける。

     巡り続ける黄昏と黎明の数は、どこの記録にも残らない。

     擦り切れそうな記憶はすべて記録し、削れていきそうなものは魔法で覆い、壊れかけた時計は永遠へと放り込む。風化することも褪せることもないものたちは何も語らず、時間という棺の中にいる彼に静かに寄り添っている。

     浮遊大陸から地上を眺めつつ、終わりのない命を、果てのない役目を背負い続ける理由を、彼は自身に問いかけたことがある。

     はじめから、逃れようのないものだったからか?

     それとも、自分にしかできないことだ、と言い聞かせたからか?

     エーヴィが己の辿った道を振り返って得た答えは、そのどちらでもなかった。

    ――この世界に生きるみんなの、願いを護りたい。

     心を縛るものは確かに存在した。消えることのない■■■が、密かに燻る■■■が、封をした奥底で小さな焔となっていた。そんな状態でも立ち続けるのは、存在理由だと定めたその想いが根底にあるのだと認識したからだった。

     ただ、彼がそう決意するに至ったのは、超常的な力を操り人々を救う、神に近い視点で世界を見たからではない。

     どこにでもいそうな、ごく普通の村の人間として生きた二十年間。それはどんなに短くとも、エーヴィにとって意味のあるものだった。

     個が全へ。或いはその逆として築かれる、樹木の枝葉のような繋がり。そこに連なる人の願いの美しさを、それがもたらす強さを、その力が未来を紡ぐということを人として知ることができた、何にも代えられない平穏な日々。それらはどれだけ時が経とうと、心の内で輝いていたものだった。

     神により近づく手段はあった。人であった時期があったからこそのものを消し去る方法も。

     ただ、そうして狭間に立つことをやめてしまえば、その輝いているものたちはきっと、意味を持たなくなってしまう――停止したエーヴィの心は、それだけを恐れていた。だからこそ、彼は境界で長い時を生きる道を選んだ。

     世界を満たす願いは、すべてが綺麗なものではない。夢も欲望も表裏一体であり、時にそれは善悪のどちらにも属する。清純な夢が昏い欲に覆われ、陰にある望みが光の下へ引っ張り出されて希望となることもある。それを複雑に絡ませ、文明を発展させて世界を拓いてゆくものたちの可能性を、エーヴィは信じることにした。ゆえに、彼は人の世界に深くは干渉せず、魔物による被害や天災を中心に対処してきた。

     形なきものの儚さと強さ、美しさと醜さ。人が人であるからこそ持つもの。あらゆる想いが巡り、はるか彼方まで続いてゆく世界ーーそこは管理されるものではなく、道を作り出す者たちへ渡されるべきなのだ。

     自分は、いなくなった神の代わりにはなれない。すべてを救うことはできない。

     女神が〝世界〟となり、共に守護者を担っていた存在は姿を消してしまった。混沌と深淵が忍び寄るヴァスタリアは、一人で守るにはあまりにも大きすぎた。それでも、エーヴィは立ち止まらない。選択肢のない選択の末、見つけた理由を自身の源として戦っている。

     人と神のあいだに立つ者として、矛盾を抱えようと、為すべきことを為す。いつか、未来を繋ぐ中でこの命を捨てることになろうとも、悔いはない。自分を知るものはこの世界におらず、死んだところで誰も悲しませることはない。使命を果たして、静かに歴史の中へ消えていければ、それでいい――彼はそう思っていた。

     無垢な白百合の花の少女と出会う、あの日までは。

KEYWORD
  • ① 通貨

     担った役割故に食事は不要な体質であり、基本的に物を買い換えることもないため、フィス(通貨)はある程度所持しているものの、使う機会があまりない。地上で職についているわけでもない彼が、なぜ人が使う通貨を持っているのか――理由は単純で、各街にある〝依頼掲示板〟に貼り出された頼み事を時々引き受けているためだった。

     というのも、守り人になったばかりの頃、通貨のことを忘れたまま地上へ降りてしまったことがあった。数日野宿をしたあと、王都を歩いていて宿屋の存在を思い出し「ある程度はあったほうがいいかもしれない」と思ったらしい。

     ただ、片付けが苦手なのに変なものを買ってしまいがちな(謎の動物のぬいぐるみ、微妙に可愛くない置物など)癖があるため、無駄遣いを避けるべくあまり多くは持ち歩かないようにしている。

  • ② 素朴な長剣

     エーヴィは魔法を得意としており、基本的にはロッドを手にして魔物と戦闘を行う。伝承でもそのように記されているが、彼は時々、異空間から長剣を取り出して振るうこともある。

     どこにでもありそうな、華美な装飾もない素朴な長剣。五千年以上前のものであり、彼が〝ただの村人〟だった頃に愛用していた得物だが、その事実を知るのは眷属である精霊二人のみ。なお、寿命停止の副作用か素の回復力がかなり低いため、長剣を用いた近接戦闘時は風魔法で補助を行い、なるべく相手の攻撃を回避するようにしている。

  • ③ エビ

     世界巡回をしていたある日、彼は海辺の街の市場で声をかけられる。

    「そこの兄ちゃん、新鮮なエビが入ったよ! 一つどうだい?」

     故郷のクレアシオ村は山に囲まれており、エーヴィは二十歳を過ぎるまで海を見たことが一度もなく、海産物にもあまり縁がなかった。

     自分と名が少し似ている海産物の存在を初めて知り、気になって勧められたエビの串焼きを購入。

     砂浜に腰かけ、一口食べて、彼は思う。

    「どうしてオレは、こんなに美味いものの存在を今まで知らなかったんだ……?」

     それ以降、浮遊大陸の聖域の片隅には、新鮮なエビを育てて保管するための池があるとか――ないとか。

  • ④ 大災厄

     おおよそ三千年前、破壊神が復活。ヴァスタリアを闇に閉ざし、すべてを黒へと還そうとした。守護竜、二人の使徒、そして女神が死力を尽くして抗い、再び破壊神を深淵へ封印した戦いのことを指す。しかし、この戦いの後から、女神は人々の呼びかけに応じなくなってしまう。また、守護竜の一体である水竜ユーラが消息不明に。これを境に、使徒や女神ではなく〝創造の守り人〟なる者が世界を守る、と伝えられるようになった。その守り人本人であり、当事者であるエーヴィは事の真相を知っているはずだが、このことについて話すことを避ける。

     傷跡のない世界では、彼が女神から引き継いだというロッドの片翼が欠けていることだけが、当時の激戦を想起させる。

  • ⑤ 壊れた懐中時計

     隠れて見えないものの、いつもエーヴィは懐中時計を提げている。ただ、ひび割れたそれの時間は止まっており、秒針が動くことはない。

    「時計に詳しくないから、直せないんだ。飾りみたいなものだな」

     エーヴィは友人に時計のことを問われてそう返すが、創魔法を使えば修理は可能なはずなのに、彼はなぜか、それをしようとしない。

     果てへ去っていったあたたかな思い出、優しい記憶、楽しかった日々――魔法では治せない何かを表すかのように、懐中時計は時を刻まずに、彼と共にあり続けている。

仲間たちからの所感
  • シアリィ:彼のこと……ですか? わたしの恩人で、優しい師匠ですっ! 魔法や剣を教えてくれて、わたしに広い世界を見せてくれました。あの時出会えなかったら、わたしはずっと、廃墟の中でひとりぼっちだったので……恩返しをしたいっていつも思ってます。

    それと、時々、放っておけない人だなぁって……。師匠、お片付けが苦手で、よく本がどこにいったか分からなくなってて。ご飯を食べないのでお料理もしませんし、この前なんて「包丁は五千年くらい持ってないな」って言ってたんですよ! わたしもご飯はなくて大丈夫なんですけど、もし地上で料理することがあったら、と思うと、わたしが練習しておかなきゃって――あっ……し、師匠には内緒にしておいてくださいね!

  • アルファルド:エーヴィは俺の大事な友人だ! 浮遊大陸で出会えて、本当によかったと思っている。ただ、どこか危うさもあると感じているんだ。数千年ものあいだ、一人でこのヴァスタリアを守ってきた使命の重み――俺には、完全には分かち合えないものかもしれない。それでも、共に歩めるところはあるはずだから、頼れるところは友人として遠慮なく頼ってほしいと思うよ。
  • レクト:あの人は……僕の使命に近い人。彼が守る世界を見て回って、力を貸すことを決めたから、後悔なんてないよ。でも……思うんだ。いくら寝なくていい体でも、夜の番はたまに僕に任せてほしいな、って。
  • アイラ:あたしたちの一族は、人間や動物の心を読むなんて容易いの。なのに……どうして、彼のそれは見えないのか、不思議でしょうがない。守り人という存在でも、それは変わらないと思っていたけれど……神話に出てくるような人は違うのかしら? まあ、それは置いておいて――今度、彼に包丁の使い方を教えてあげないといけないわね。
  • ノーフェ:あいつ、変わったんだよね。三千年前からしばらくは、元々人間だったとは思えないくらい感情が薄かったしさ……私と話している時は、多少やわらいでたけど。特に小鳥と猫の話してる時ね。うーん、やっぱり可愛いものは正義ってことかな? シアリィもすっごく可愛いから――って最初は思ったけど、たぶん、違うものがあいつの中にはあるんだと思うよ。