1-3 夕明けの路と星雪の遺跡

 眠ると必ず見ていた光景があった。誰もいない暗闇の中心から始まる、昏い光景だ。

 世界を覆う巨大な影。かき消されてゆく光を庇うように、自分は深淵の前に立っている。
 体の内を駆け巡る力が、すべてを引き裂くような痛みを与えてくる。影が掠めるたびに、肌には赤い線が増えていく。
 水の中で溺れるような、透明な糸で首を絞められるような、息苦しいというものを飛び越えた感覚。
 直後に襲いくる、立っていられないほどの激痛と、強烈な眩暈。
 呼吸すらも止められそうな中、何かの呪文を唱え続ける。不思議なことに、自分の口から発しているはずのその言葉は聞き取ることができなかった。
 その果てに収束した魔力が弾けて、世界中へと広がってゆく。それが何を意味するのかは分からない。

 間違いなく悪夢の区分であり、現実にいる自分は確実に魘されると思われるもの。それらは、人間には必要な行動を停止させる理由としては十分だった。
 ――師…………。
 空気も地面も冷たい。立ち上がることも動くこともできず、かろうじて映していた光さえも消えていく。
 このまま暗闇に溶けて消えるのか、それとも。夢はいつも、その先を描くことはない。何も見えなくなるからだ。
 ――起き…………くださ……。
 いつか訪れる未来のものなのか、或いは、自分の知らない誰かの体験を辿っているのか。
 夢は目覚めたあとも朧気に記憶として残っており、眠ることをやめた今でも、奥底にこびりついて離れない。
 この光景の意味を知る日が来るとしたら――
「師匠っ!」
「!」
「だ、大丈夫ですか? 何か言っていたみたいですけど……」
 沈みかけていた意識が引き戻される。軽く揺すられて目を開けると、そこはナーゼスの宿屋の一室だった。
 境界に立っていたような感覚がぼやけて、寝台の前に立っていたシアリィの姿が鮮明になる。
「寝言……何を言っていたか分かるか?」
「えっと……はっきりとは聞き取れなくて。でも、なんだか魔法の詠唱みたいでした。我……創造、命……うーん、道? とか、そんな感じです。曖昧ですみません……」
「謝らなくていい、変なことを聞いてすまない。……少し寝すぎたみたいだから、起こしてくれて助かるよ」
 睡眠を放棄し、その夢を封じ込めた本当の理由がある。夢の中で与えられる、死に等しい痛みが怖いわけではない。
 うっかり眠り込んでしまったものの、彼女の様子からするに、今回は大丈夫だったようだ――と、エーヴィは安堵する。
「まだ時間はあるので大丈夫です。それに、こういう時はちゃんと寝ていいんですよ!」
 それを見ることで魘され、そばにいる存在に心配をかけてしまうことを恐れているが故に。

 ◆

「ここの守護竜さんって、どういう方なんですか? 確か、ヴァスタリアには三体、すっごく強い竜がいるんですよね」
 橙色に染まる空の下、遺跡へと続く道を歩き始めておおよそ二十分。
 ナーゼスを見渡せる小高い丘に敷かれた、青い花々が咲き誇る街道を進みながら、シアリィはそう問いかけてくる。
「ここにいるのは火竜のオーマだ。あとは風竜のカータと、地竜のソガレになるな」
 はるか昔からヴァスタリアを守護する竜たち。人前に姿を現すことはほぼなく、生命を守りながら静かに山奥で暮らしている、と伝えられていることが多い。
「地水火風って属性があるのに、水竜だけいないってのも妙な話だよなぁ。伝承じゃ、数千年前までは居たってことになってたよな?」
「存在はしていましたが……オレにも、水竜の行方は分からないんです。大災厄の中で、消息を絶ってしまったので」
 おおよそ三千年前の、破壊神復活時の戦い――歴史では大災厄、という呼び方で伝えられているその時に、水竜ユーラは忽然と姿を消してしまった。
 ユーラと親しくしていた当時の国王は収束直後に亡くなってしまったため、最後に接触している可能性が高かったものの、行方を知っているかどうかを尋ねることは叶わなかった。
「どっかで生きてるといいんだがなぁ」
 邪竜は不滅であり、守護竜となってもそれは変わらない。肉体の要である核だけでも残っていれば、長い年月をかけて再生することが可能だと、浮遊大陸にある書籍には記されていた。
 ヴァスタリア王家に仕えていたユーラとエーヴィは多く関わることがなく、どういった気質の持ち主なのかも把握しきれていない。再会が叶うなら話を色々しておきたい、と思っている。
「火の守護竜さん、無事だといいんですけど……」
「オーマは人好きな竜で、唯一普通の人間とも言葉を交わせるんだ。だから、街道を行く人を襲っていると聞いた時、何かの間違いなんじゃないかとも思ったよ」
 強大な存在は、人間の近くにいるべきではない。それがカータとソガレの考えだったが、オーマは違っていた。
『そなたはどう思う、守り人よ。あやつらと同じ考えか?』
『オレは……。……すまない。今すぐには、はっきりとした答えは出せそうにないな』
 五セートはある大きな竜は、穏やかな目をしていた。表情は分かりづらいが、微かに笑んだように見える。
『まあ、それでもよい。急ぐものでもないからな』
『ただ……間違っている、とは思わないよ。それが君なりの、守護の形であるのなら』
 人と神は、近いところで共に在ることは難しい。それならば、神に近しいものたちはどうなのだろうか。そのやり取りからは長い時が経ってしまったが、エーヴィにとっては、昨日のことのように思い出せる問いかけでもある。
 このままでは、敢えて人の近くで生きることを選んだオーマの考えが、抱いていた想いが、間違っていたということが証明されてしまう――正気を失っているのなら、なんとしてでも元に戻してやらなければならない。
「年に二回の祭りじゃ、遺跡から出てきて村人と一緒に酒飲むくらいだもんな……」
「そ、そうなんですか!? 珍しい守護竜さんなんですね」
「本来は奉じるべき存在なんだが、オーマはそれを嫌がってな。祭りに合わせて外から来た旅人は、みんな目まん丸だぜ」
 目を丸くするどころか、巨大なトカゲと勘違いして気絶してしまう人も中にはいる、という話が続けられる。オーマはそういった人間に対して、驚かせてしまったことをきちんと詫び、一緒に酒を飲んで仲良くなるのだという。本当に人が好きな竜だった。
「それだけじゃないぜ、二年前の時はな……」
 その後も、ディスタは歩きながら様々な話をしてきた。
 人々と交流するオーマのこと、騎士団にいる娘(姉妹)のこと、お伽噺のこと、若い頃にした旅のこと――等、時間が無限ならばずっと話しているのでは、と思えるほどだ。
 相槌を打ったり内容を補足したりしながら、エーヴィも途切れることのないその会話に時々混じる。誰かと一緒に歩いていると、先の長い道を進んでいてもあっという間に感じられた。
「見えてきたな。思ってたより早く着いてよかったぜ」
 いつの間にか深い森に入っており、ディスタが歩く速度を僅かに落とした。
 夕明けの空の彼方から差し込む光は、星屑が宿った樹木の枝を静かに照らす。街道から逸れ、生き物のような木々が囲う石造りの建造物は、蔦に覆われて静寂の中に佇んでいた。
「ここが星雪の遺跡……というより、オーマの家だな」
「そう表現すると可愛いですね……」
 シアリィが近くを見回す。そばに魔物の気配はなく、しんとした森を小動物が駆け抜けていくのが目に入った。
「しっかし妙だな。ここに来るまでになんで魔物に会わなかったんだ? 戦わずに済むのはありがたいが、これはこれで不気味に感じるぜ」
「避けているんだと思います。ヒトが大型の魔物を避けるのと同じように」
「あー……そりゃ、そうか。土地を護ってるもんの様子がおかしいんじゃ、アイツらも逆に怖いよなあ」
 魔物にそういう感情があるのかは知らんが――と続けてから、彼は遺跡の大扉の横にある、石碑の窪みを覗き込む。
 そこには三段ほど積まれた、小さめの石があった。
「これは何ですか?」
「魔除けの蓋みたいなもんさ。一応神聖な場所だからな……つっても、オーマの魔力の影響か、あんま意味がなくなっちまってるが」
 石に挟まれていた葉をディスタが取り出すも、一瞬で灰となってしまう。
「く、崩れちゃいました」
「大丈夫だとは思うが、一応作り直しておくか。ちょっとだけ時間をくれねーか?」
「……近くに気配はない、今は奥にいるみたいです。動くようなことがあれば、すぐに知らせます」
 冷え切った魔力はまだ離れた場所にあり、おそらく遺跡最奥と推測できるところから動く様子はない。探知することは十分可能な距離だったが、逆にオーマもこちらに気づく可能性がある。気配遮断の魔法をかけていても、強大な力を持つ守護竜の前では気休め程度にしかならない。
 戦う力があるとはいえ、一般の人間が同行している状況だ。ここからは更に油断できない――と、エーヴィは気を引き締める。
「それなら、そのあいだに少し先を見てきますね。だいぶ古くなってますし、崩れて通れない道があるかもしれません」
「この前教えた、姿を消す魔法を試すんだな。分かった、気をつけてくれ」
「はいっ」
 かつて廃屋から助けたことへの恩返しとして、シアリィはさまざまなことを手伝ってくれている。補助魔法を中心に習得したシアリィには、助けられることも多い。
 あまり危険なことはさせたくなかったが、そうして遠ざけてしまうのは違う。エーヴィにとって彼女は守るべき存在であり、同時に頼れる存在でもあるからだ。
「最後に来たのは二十年くらい前か……」
 シアリィが入っていった星雪の遺跡を見上げ、誰かに向けたわけではない言葉をこぼす。
 蔦が絡んだ柱、倒壊した壁、樹木に半分塞がれた通路、長年使われていない祭壇に差し込む微かな陽光。入り組んだ遺跡は、外側も内側も自然の浸食がかなり進んでいた。地下水が湧いているところもある、と、エーヴィがオーマから聞いたのは随分と前になる。
『創魔法を使えば、多少は直せると思うが……本当にこのまま、何もしなくていいのか?』
『ああ、自然に任せる。この崩れかけた雰囲気もなかなかよいぞ? それに、ここが保たなくなったら、ベルファード山にでも移る。あそこには我の〝ベッソウ〟があるからな』
『どこで知ったんだ、そんな言葉……?』
 得意げにそう言ったオーマ。ナーゼスの祭りに参加した際に人々と色々話をしているのか、オーマは他の守護竜が知らなさそうな言葉も使いこなしていたことを思い出す。
「エーヴィ。この機会に聞いておきたいんだが、一ついいか?」
 近いような遠いような、なんとも言い難い距離にある記憶を遡っていると、葉に魔法陣を描いていたディスタが顔を上げた。
「何でしょうか?」
「ここに来るまでの地域はそうじゃなかったんだが……ほかの森では少し前から、魔物が活発になってんだ。ちっとばかし時期はズレてるが、オーマの件と関係あるのか、と思ってな」
 分かっていることがあったら教えて欲しい、といった様子で、彼はそう問いかけてくる。妙なことが起こった時期がそれなりに近いのならば、関連性を気にするのは当然のことだった。
 隠すようなことではないし、人々には十分に知る権利がある、と判断した情報を、エーヴィは共有することにした。
「魔物の活性化……それは、ナーゼス付近だけの話ではないんです。ヴァスタリア全域で確認されている現象です」
「そ、そうなのか!? 世界中で魔物が活性化するってのは、伝承の……!」
「言い伝えには、そこまで記されているんでしたか」
「御伽噺みたいだから、信じてねぇ人も多いけどな」
 ナーゼスは自然豊かな西大陸の果てにあり、大きな街との交流も多いほうではなかった。訪れた旅人が噂話として持ち込んだりしない限り、おそらくこのことは伝わらない。
 世界中で、ということを聞いてディスタが表情を僅かに強張らせた理由はすぐに分かった。伝承では、破壊神が復活する前は世界中の魔物が活発になる――という記述があるからだ。語り継がれているその部分が真実であることを知っているエーヴィにとって、今の世界の状況は、破壊神の足音が近づいていることと等しい。
「師匠っ」
 人々の不安は取り除かないといけない。上手く言葉を返さなければ――と、言葉を探そうとしていると、半分開いていた扉からシアリィが顔を出した。
「ん……何か見つけたのか?」
「魔物がいたので、そーっと倒してきました」
「それは?」
「落としていったものを拾いました!」
 シアリィの手のひらの上には、鈍い光沢を放つ硬貨があった。職人の手で通貨フィスへ加工することができるそれも、旅の中では確保しておいて損はないものだ――ただ、魔物が硬貨の元となる素材を落とす原理は、未だによく分かっていない。大昔からの七不思議の一つとして扱われている、という話を、アルファルドから聞いたことがある。
「助かる。お金は大事だからな」
「これでエビとイチゴが買えますね……!」
「エビとイチゴ?」
 海と大地の恵みでもあるその食べ物たちについては、話すと長くなってしまう。それはエーヴィ自身よく分かっていた。
 不思議そうなディスタに申し訳なく感じつつも、その話は後で機会があれば、と逸らす。
「先ほどの件ですが。何にせよ、危機が迫るなら、守り人として必ずオレが振り払いますから」
「おお~、一生に一度は言ってみたい言葉だな、ソレ。今度使ってみてもいいか?」
「……ご自由に、どうぞ」
「守り人の部分は変えるから安心してくれ!」
 言うなら自分がいないところで頼みたい、と内心で思いながら、エーヴィは閉まりかけていた遺跡の扉を軽く押す。魔法で重さが調整されている石扉は、そのままゆっくりと開いていった。
 踏み入る前に立ち止まって魔力を探知するが、奥の気配はまだ動かず、静寂に満ちている。オーマの魔力が溢れ出ているのか、赤い光の粒子があちこちに舞っていた。
「あ、そうだ……この先なんですけど、なんだか空気が変なんです。上手く言えないんですが、いつもより疲れる感じがして」
「疲れる……。重力の魔法か何かか?」
「行ってみるしかなさそうだな」
「そうするしかないですね。オレが先行する、シアリィは一応索敵を続けてくれ」
「任せてください」
 星雪の遺跡は三つの大部屋と、七つの小部屋が形成している。比較的小規模――のように見えて、間を繋ぐ通路がやや複雑なのも特徴だ。
 が、中には魔物一匹見当たらず、こういった場所には多く生息していそうな昆虫たちの姿すらない。浮遊大陸の聖域と似た場所ではあるものの、内部に広がる空気も重く感じられる。奥へと進む最中、エーヴィの耳に入るのは三人分の足音と、どこかで滴り落ちている水の音だけだった。
「静かですよね。奥に守護竜さんがいるとは思えないくらいで」
「これで俺たちの勘違いだったらいいんだがなぁ。さすがに怒られちまうか……」
「オーマなら笑って許してくれますよ。一番懐が深い竜ですから」
 滅多なことでは怒らず、笑い飛ばしてくれる竜だった。
 カータとソガレが聞いたら文句を言われるかもしれないが、彼らも彼女の寛大さに救われている部分がある。否定はできないはずだ。

 その後は会話が途切れ、静けさが戻ってくる。進むほどに空気が熱を帯びているのは、気のせいではなさそうだった。
 十分ほど薄暗い中を歩いていくと、見知った長い回廊の先に巨大な扉が見えた。最奥であることを示すかのように華美な装飾が施され、オーマの属性を象徴する真紅の宝石が中央に取り付けられている。
 扉に手を当てると、それはぴり、と小さな痺れを与えてきた。隙間からは、黒が混じった光が漏れている。
「この扉を境に、漂っている魔力が大きく変質しているな。オーマはここにいるようだが……」
「外から干渉する方法はない、よな?」
「外部から乱された魔力を安定させて、正気に戻す魔法はないんです。またこんなことになるなんて、思いもしませんでしたが……」
 その数秒だけで、向こう側に異質なモノがいることがはっきりと伝わる。オーマが正気であるならば、このような空気は漂っていないはずだった。
「……〝また〟?」
 自然と発していた言葉に自分で違和感を覚えて、エーヴィはその部分だけを小さく復唱する。
「師匠、どうかしたんですか?」
「いや、前にもどこかでこんなことがあったような」
 手をすり抜ける記憶。伸ばすたびに頭に直に染み出す、呪いのような鈍い痛み。
 正気を失った■■■■、向けられた殺意と狂わされた魔力――はっきりと捉えることのできない断片的なものが、エーヴィの脳裏を駆け抜けていく。
「……。今は考えている場合じゃないな。避けられれば避けたいですが、念のため、備えておいてください」
 揺らぎも感じられるオーマの魔力は、明らかに何者かに干渉されている。ロッドを顕現させて、エーヴィは空いている手で扉を押した。
 松明は掻き消され、吹き抜けとなっている最奥の大広間。どこかから差し込む陽光があっても薄暗い中に佇む祭壇には、竜の姿は見当たらない。
「しゅ、守護竜さん~。いますか……?」
 シアリィが小声で呼んでも、返事はない――が、頭上で大きな影が動く。
「!」
「うおっ、上か!?」
 大扉の上、天井付近にある窪みに乗っていたオーマが、鋭い目線をエーヴィたちのほうへと向けていた。穏やかさを湛えていた瞳は緋色に染まっており、底のない冷たさも含んでいる。
 目が合った直後、オーマの中で魔力が膨張するのが伝わった。数秒後には漂う魔力を巻き込み、黒い炎が弾となって勢いよく放たれる。
「二人とも、オレの後ろに! ――猛炎を消せストリアス!」
 水球を呼び出し、黒炎から護るように展開する。が、中級の呪文で相殺できるようなものではなく、その余波は広間全体へと広がった。
 一歩前に出て、口の端から炎をこぼすオーマへ呼びかける。
「っ、オーマ、しっかりするんだ! オレのことが分からないのか!?」
「グルルゥ……!」
「本来ならば人語を発せるんだが……この様子だと、無理そうか」
 己の心を侵すものに耐えるように、オーマは唸りながら頭を振る。
 消しきれなかった黒炎が広間のあちこちへ飛び、普通の炎ならば燃えないはずの床や壁にまで延焼していく。その影響か先ほど通った扉も奇妙な色に染まっており、もう引き返すことは叶いそうにない。
「あっちち、ケツが燃えちまう! 予想してなかったわけじゃねェが、もう大人しくさせるしかなさそうか……!」
「そのようです。傷つけたくはなかったのですが……仕方ない」
 降りてきたオーマが咆哮を上げる。言葉が通じない以上、残されている手段はそう多くはなかった。
「守護竜さん……なんだか苦しそうです。助けてあげないと!」
 勢いよく前へ出ようとしたシアリィを、手で制する。
「シアリィ、今回は援護に回ってくれ。今見て分かったと思うが、オーマは炎を吐くから、君はあまり近寄らないほうがいい」
「うう、分かりましたっ。守りは任せてください!」
 元々が植物であるからか、シアリィは火にかなり弱い体質だった。ちょっとした火傷ですらなかなか治らず、薬草を百種類近く試したこともあるほどだ。守護竜の火炎を受ければ、治らないものを負ってしまう可能性もある。
 少し下がった彼女の前に立つと、ディスタが両手剣を構えながら進み出た。
「お嬢ちゃんをオーマの炎から護ればいいのか? よしっ、二人護るのは大変そうだが、オジサン頑張るからな!」
「いえ、オレも前に出ます。早めに決着をつけないと」
「へ?」
 破壊神によって植え付けられていた邪な心を断ち切るため、女神はかつて、邪竜たちに強力な光の魔法で浄化を施した。その際に背に打ち込まれた楔に直に攻撃すれば、精神に干渉することが可能だった。オーマに異変が生じた理由もおそらくそこにある。
 どうにか隙を突いてその楔を確認し、対処する。賭けにはなるが、その方法しか残されていない。防戦を強いられる前になんとかしないと、とエーヴィはオーマの様子を見て感じた。
「いやいや、長杖で前に出るのはさすがに――」
 手にしていた得物を軽く放って、何の目立った装飾もない長剣に切り替える。
「……お前さん、剣、使えたの?」
「普段は使いませんが、時々」
「へへっ、それなら頼もしいな。ちゃっちゃとケリつけるか!」
 ナーゼスでは、剣に関しては一番の実力者だというディスタ。使い込まれた彼の両手剣の刀身には、消えることのない焔が反射していた。
「背の楔をなんとかすれば、正気に戻せるかもしれません。行きましょう」
「あの楔か、任せな。待ってろよオーマ、優しいお前さんに戻してやるからな!」
 オーマが再び咆哮を上げるのと同時に、容赦のない熱の波が押し寄せた。