終章【それははじまりのサイン】

 思い出さない方が幸せなのだと、錠で何重にも封じられているのか。
それとも、忘れてしまえばいいと抹消されているのか。
 そのどちらなのかは、分からなかった。今、目の前にある干渉出来ない記憶も、目が覚めれば全部忘れている。留める事が許されないのだ。
 足は動かない。目を閉じる事も、視線を逸らす事も出来ない。
 出来る事は唯一つ。
 燃え盛る炎が日常を壊して奪っていったこの日を、傍観する事だけ――――
「リィン!」
 叫ぶ母親――カーシャの声は、切羽詰まっていた。倒れてきた棚に足が挟まって動けない彼女の腕を、幼い自分は震えながら引っ張っている。
「おかーさんっ」
 逃れられない、死の匂いに怯えていた。カーシャがおそらくもう助からない事を、幼いながらも察してしまっていたからだ。
「逃げてっ! 早く……」
 襲撃して来た猟兵に撃たれ、カーシャは数ヶ所から血を流している。銃弾から息子を庇ったからだ。もう力尽きていてもおかしくはない状態だというのに、気力を振り絞り、息子をどうにか守ろうとしている。
 だが、命が尽きようとしている彼女が懇願しても、幼い〝リィン〟は、決して手を離そうとしない。
「いやだよ、お母さんをおいていくなんて!」
「お願い……」
「やだ、きけないよっ……!」
 咳き込みながら〝リィン〟は、棚を退かそうとする。絶対に動くはずがないと理解していても、頑なに首を横に振る。
「ここから……逃げて、お父さんの、ところに…………っ!?」
 何かが崩れる音。はっとして上を見上げたカーシャが、口を開いた直後。ばきばきと不吉な音が鳴って、影が作られる。
 落下してきた建材が、尖った方を下にして〝リィン〟に迫っていた。
「え――」
 カーシャに続いて〝リィン〟が上を見上げた時にはもう、建材は目と鼻の先だった。
 ――声にならない悲鳴。炎に混じって、真紅が散る。
 幼い小さな体から、命が流れ出ていく。辛うじて心臓には直撃していなかったが、失血死は避けられないほどの真紅の中に〝リィン〟は倒れ込む。
 抱き寄せてカーシャが名を呼んでも、ぴくりともしない。涙なのか汗なのか判断がつかないものが、一滴だけ、乾ききった頬を伝っていった。
「カーシャ……ッ、リィン!!」
 家を包む炎を突っ切って、姿を現したのは〝彼〟だった。
 その姿を見て、カーシャは息子を抱えたまま、安堵したように目を閉じる。
「あなた……良かった、さいごに……会えて…………」
「っ……諦めるな! 今すぐに――」
 駆け寄った〝彼〟がカーシャの体を抱き起こす。声を震わせる〝彼〟の言葉を、ゆっくりと首を横に振る事でやんわりと遮って、彼女は微笑んだ。
 その表情の端に辛さを滲ませながら、どこか祈るような様子で。
「私の事は、もういいの……だから、この子を……リィンを……助けてあげて……」
「!」
 カーシャの瞳から、光が消えていく。
「リィンに、伝えて…………――を…………に、――…………」
「カー、シャ……」
「……あり、がとう…………」
 それを最後に、彼女の口からは二度と、言葉が紡がれる事はなかった。深い息を吐いて、カーシャは〝彼〟の腕の中で、息を引き取った。
 ぱたり、と焼け焦げた床に降ろされた、手に嵌められたままの指輪が鈍く光る。

「――――――」

 崩れる。すべてが、無慈悲な音を立てて、跡形もなく。
 彼が――ギリアス・オズボーンが、致命傷を負った息子を抱きかかえながら言った言葉を、掻き消すように。

 ◆

「……」
 橙色の光が差し込む。いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
 ベッドの上でごろりと寝返りをうって、リィンは光を遮るように腕を置く。頭の隅に痛みがある理由が、どうしても分からなかった。
「何か夢を見た気がするんだが……駄目だ、思い出せない」
 何度も同じ事があった。夢を見たという認識はあっても、内容を思い出せない。僅かな欠片さえもだ。
 例えようのない違和感を抱えたまま、伸びをして、リィンは自室を出る。時刻は午後四時。貴重な自由行動日、出掛けているのか、部屋で何かしているのか―寮の中に人の気配はあるものの、姿は疎らだった。
 一階へ降りると、ソファに腰かけたアルティナが視界に入る。少しだけ傾けられた首は、彼女が考え事をしている、という証拠だ。
「アルティナ、何か悩んでるみたいだな?」
 近寄って、アルティナの前に置かれたキャンバスが見えない位置から声を掛ける。
「リィン教官。……少々、難しい課題を出されたので」
「難しい課題?」
「はい。己の〝夢〟を描いて提出するように、と」
「なるほどな。……夢、か……」
 オーレリアの課題なのだろう。昨夜、ユウナやクルトが「自分の夢をどう表現すべきか迷う」と話していたのが聞こえたが、どうやらこの事だったようだ。
 キャンバスの横には厚い辞書が置かれていた。可愛らしい黒兎の付箋が貼ってある箇所に、何の語句が載っているのかはなんとなく想像がつく。
「〝夢〟というのは、睡眠の最中に見るものの事を指しているはず……意図的に見られるものではないと認識していますが」
「うーん、確かに間違ってはいないんだが……分校長が言う〝夢〟は、そういう意味じゃない。要するに、願いや目標って感じかな」
「願いや目標……」
「見てみたい景色、叶えたいもの……どんなに小さなものでもいい。アルティナがそう思うものを、描いて提出すればいいんじゃないか?」
「……なるほど。そちらの〝夢〟でしたか」
 簡単ではない事は分かっている。リィン自身、描くように言われてもすぐには思い付かない。願いははっきりとしていても、それを絵としてどのように表現するか――

「〝数多の困難や現実を前に、ただ立ち竦むのではなく……ある一つの想いを抱いて、明日へと続く道を歩んで行く〟」

 突然入ってきた声は、珍しく落ち着いた声色で、語りかけるように言う。
 その主はゆっくりと歩いて来ると、アルティナが座っているソファに寄りかかった。
「それを夢、って言うんだぜ」
「クロウ教官」
 リィンにとっても、強く印象に残っている言葉だった。緋色の玉座―忘れられもしない戦いの前に、蒼の魔女が告げたものだ。
「その言葉、なんだか懐かしいな」
「忘れられなくなっちまってな。ヴィータにしちゃ珍しいセリフだしよ。……誰でも夢見てるからな。そうだろ―〝リィン〟?」
「……クロウ?」
 数秒だけ絡んだ視線。いつもの〝クロウ教官〟がそこに居るはずなのに、一瞬だけ、違っているように感じてしまった。
「そんじゃーな。課題頑張れよ、アルティナ」
「……」
「教官、どうしたんですか?」
 リィンが僅かな戸惑いを覚えている間に、クロウは白い上着を翻して寮を出て行った。その後ろ姿をぼんやりと見つめていると、アルティナがリィンの前で一度だけ、小さな手を振る。
 ぱきり、と。閉じていた扉に巻かれていた鎖に、亀裂が入る音がした。
「……ああ、ごめん。〝前の事〟を思い出してさ」
「以前の事、ですか?」
「色々あったなぁ、って」
 幾つか思い出せないものはあるが、それでも、本当に色々な事があった。様々な出会いがあり、別れもあり、それらが渦巻く中を駆け抜けてきた。
 扉の隙間から、零れ落ちる時の欠片。抱えていた違和感が心を包んで、ある事を伝えようとしてくる。
「……。邪魔しちゃ悪いし、俺もそろそろ行くよ。クロウと同じ言葉になっちゃうけど……課題、頑張ってくれ」
「はい。今日中に構図まで決めたいので」
 キャンバスに真剣に向き直るアルティナの頭をそっと撫でて、リィンは寮を後にした。

 茜色の空。何度も見上げた夕暮れ。特に行きたい場所はなかったが、なんとなく、リィンはリーヴスの街を歩いていた。
 適当に、気が済んだら寮へ戻ろう。そうしたら食事をして、風呂に入って、眠ればまた明日が――
「あれ、リィン君?」
 書籍を抱えたトワに彼が声を掛けられたのは、寮を出てから、ほんの数分後の事だった。
 リィンがこの時間帯に街中を歩いていても珍しくはないはずなのに、トワは何故か小首を傾げている。
「トワ先輩?」
「アルティナちゃんがさっき、街道の方に向かって行ったから。リィン君が一緒なのかな、って思ったんだけど……」
「……? アルティナは今も寮にいるはずですが……」
「ええっ? そ、それなら見間違いかなぁ……? 見た事ない服着てたけど、すっごくそっくりだったよ」
 生徒会長を務めていた頃、全生徒の顔と名前を覚えていたトワが、アルティナを見間違えるはずがない。背格好が似ている生徒は居ないし、リーヴスでも、そういった住民は見かけた記憶がなかった。
 ――引っかかっていたものが外れて、落ちる。樹木から離れた木の葉のように、ひらり、ひらりと。
「今なら間に合わなくもないか……少し気になるので、見てきます。……アルティナ一人だけ、だったんですよね?」
「う、うん。暗くなり始めてるし、気を付けてね?」
 小走りで街道へと向かって、一歩踏み出して――リィンは、足を止める。
 迷いが、戸惑いが、違和感が、確信に近付く。今までに溜まり続けていたそれらが一つに纏まって、一つの〝真実〟を弾き出そうとしていた。
 霞んだ夢と現実の境界線。入れ替わった二つの現。掻き集めたピースが全部組み合わさって、予感が予感ではなくなっていく。
 心臓が締め付けられる。それは気のせいではなかった。
「…………」
 振り返り、両手で写真フレームを作る真似をして、リィンは目を閉じる。
 少し経ってから開いても、フレームの中の景色が変わる事はない。愛おしく――胸が苦しくて、切なくなるほどに、平穏なままだ。
「……この景色を見るのも、最後になるかもしれないな」
 焼き付ける。大切で、何にも代えられない日々を過ごした、願いが詰まった優しい箱庭を。たとえ覚えていられないとしても、心のどこかの引き出しには入れられる事を願いながら。

 ――ああ。まだ、やりたい事は沢山あったなぁ。

 それは素直な想いの一つだった。けれど、惜しく思う心があっても、リィンはもう立ち止まらないし、振り返らない。
 夕暮れを吸い込んでいくリーヴスの街。今日が終わりを告げ、明日の為に休息の夜へと塗り替えられていく。
 別れは言わずに背を向けて、リィンは歩き出した。

 ◆

 黄昏と闇が漂う街道を歩きながら、リィンは息を吐く。記憶のページが、一つずつ舞い落ちてきているからだ。
 整理して、湧き上がる感情を抑えて、彼は歩く。体に感じる痛みも、苦しみも、すべてが嘘ではないのだと理解して、在るべきところへ帰る為に堪える。
 永遠に続いているように思える道を進み続けると、川に掛かる橋の前に辿り着いた。

「アルティナ」

 リィンが呼ぶと、橋の手前に立っていたアルティナが振り返る。見慣れない私服姿で――少しだけ大人びて見えるのは、気のせいではないのだろう。
「……リィン教官」
「探したぞ。こんな時間に、一人で出て行くなんて危ないだろう? 何か目的があったんだろうけど……俺にも手伝えるようなら、遠慮なく言ってくれ」
「……」
 リィンは、敢えていつも通りに振る舞う。目の前に居る〝アルティナ〟が、アルティナではないと気付きながら。
 返す言葉を探しているアルティナは、僅かに俯く。沈黙が続いて、川のせせらぎの音だけが二人の間にあった。
「……。……それとも――俺をここへ連れて来る事が目的、だったりするか?」
「!」
 何も根拠はない予測を告げると、アルティナは弾かれたように顔を上げて、驚いたように目を丸くする。かつての彼女からは想像出来ないほど、動揺しているようだった。
 ごめんな、と内心で謝りながら、リィンは苦笑する。そんな表情をさせたかったわけではなかったのだ。
「り、リィンさん……わたしは――」
「隠さなくていいさ。……俺は〝忘れていない〟から。俺が黄昏の引き金を引いて……そのせいで、世界中にそれが広がってしまった事も」
「あ……」
 ミリアムの事には触れなかったが、連想されてしまうであろう事は容易く想像がつく。先程よりも俯いてしまったアルティナは、胸の前で外した帽子ごと手を握って、黙り込んでしまった。

「コラ、あんまり教え子に意地悪してやるなっての」

 リィンが振り返ると、クロウが木に寄り掛かっていた。ひらりと舞い落ちてきた葉を摘んで、指先でくるりと回している。
「クロウ。お前も来ていたのか」
「ま、リィンをここに連れて来るように頼んだのは俺だからな」
 葉を手離して、アルティナの横に立ったクロウは、彼女の頭へ手を置いた。何かを言う代わりのように、数回軽く撫でる。
 暗く冷たい現実が、鮮明に浮き上がる。眩しくてあたたかい現実〝だったもの〟が、絵画のように切り取られていく。
「確信があったわけじゃない。でも……途中から、なんとなく分かってた……分かってたんだ。俺が今居るここは、きっと現実じゃないって。悪い夢だと思った〝あの出来事〟こそが現実なんだ、ってさ」
 傷付いた心が、無意識に目を逸らしたがっていたのかもしれない。けれど、ここに居てはいけないと訴える自分も、どこかに確かに存在していた。
 故に、時折、平穏さの合間に差し込まれていたのだろう。心を容赦なく傷付けた刃――即ち〝本当の記憶〟が。
「ごめん――と言いたいところだけど、先に礼を言わないとな。……こんな俺を、迎えに来てくれた事に。……それとお前は……〝クロウ教官〟なんだよな?」
 リィンの指摘に、クロウが一瞬だけ驚いたような表情を見せる。
「へぇ、よく分かったな」 
「思い返せば、引っかかるような言葉が多かったからな。最初から全部分かってて、付き合ってくれたんだろう?」
 クロウは何も言わず、それに対してただ短く笑うだけだった。
 それだけで良かった。リィンには、彼が言いたい事は伝わったからだ。

「――帰らないとな。〝俺があるべき場所〟へ」

「リィン教官――いえ、リィンさん」
「?」
「わたしは、貴方のパートナーです。今度こそ守ってみせます……いえ、わたしだけじゃありません。ユウナさんにクルトさん、アッシュさんやミュゼさん、分校とⅦ組の皆さんも……リィンさんに守られているからこそ、貴方を守りたいと思うようになりました」
 自分自身の胸元に手を置いて、アルティナは続ける。
「それを、忘れないでください。もちろん、ミリアムさんだって……同じだったはずですから」
「アルティナ……」
 ――そうだよ。ボクもその気持ちが分かったから、守りたかったんだ。
 聞こえないはずの声が聞こえた気がして――直後、一瞬だけアルティナにミリアムの姿が被って、リィンは思わず目を一度だけ擦る。
 〝姉〟の想いも〝妹〟として持って来てくれたのかもしれない。そんな考えがリィンの脳裏を過ぎった。
「リィン。俺は虚ろな形……所詮《アルベリヒ》によって、仮初の命で繋がれた存在だ。いつどうなるかは俺自身にも分からない。お前らの方に付く事が許される身なのかさえも、な」
 歩み寄ったクロウが、リィンの肩に手を置く。
「……」
「ただ、与えられちまったモンは無駄にはしねぇ。……奴らの言いなりになる気はねえからな。このクソったれなお伽噺を見届けてやる為にも」
「クロウ……今は、その言葉だけでも十分だ」
 信じている、と、敢えて言葉に出しはしなかった。言わずとも伝わるという事は、とっくに二人とも知っているからだ。
 雲が流れて行く。昼と夜の境界線が塗り潰され、世界が一日の終わりへと向かっていく。
 一歩踏み出した足を止めて、アルティナとクロウが彼の方へと振り返った。地平の彼方から届く残照が、この世界の終わりを静かに告げようとしている。その夕陽の眩しさに目を細めながら、リィンは笑った。
 この夢が、崩れ去るわけではない。消え去るわけでもない。一旦、ささやかな願いとして、記憶の奥底の引き出しにしまわれるだけなのだ。

「ありがとう、二人とも」

      

 道は見えない。それでも、立ち止まりはしない。折れもしない。
 暗い夜の先にある夜明けを信じて、必ず辿り着く為に。

「行こう――〝俺達の未来〟へ」

 クロウとアルティナは、揃って静かに頷いた。

 ◆

 その存在は、昏い闇の中で消えかかっていた。
 暗闇の真ん中で、理性を失った獣は唸る。大切な存在を奪ったものを赦さないと、憎しみと力を強く結び付けて憤りに身を任せる。
「……」
 空っぽの心は無理矢理乱され、瞳からは光が消え、血を流しても痛みすら感じない。運命に叩きのめされ、縛られても逆らおうとしない。
 ――今ここに自分達が居るのは、無意味な事なんかじゃない。信じているからここへ来た。
 ――放っておけない。恩も借りもたくさんある。忘れられたって、絶対に諦めない。
 目の前に現れた〝名前を知らない人達〟は、そう訴えた。空虚だと彼が思っていた心には、確かに宿っていた光があるのだと。砕け散った夢の欠片を集めて、希望の旗を掲げ、世の礎となるべく、駆け抜ける強さがあるはずだと。
「リィン」
「リィン教官!」
 持っていないと思っていた名を呼ばれ、揺らぎが生まれた。枷と鎖に小さな亀裂が走り、灰に埋もれていたものが這い出て、靄を振り払い、立ち上がろうとする。

 俺は、誰だ? ――そんな事、聞くまでもないだろう?
 俺は、どうしたい? ――心が知っている。引き出せばいい。
 俺は――――。

 願いを生み出し、夢を見る心が、取り零しかけた光を繋ぎ止めた。言葉によって灯された焔と同調して、消えかかっていた〝リィン〟が帰還する。
 自身を叩きのめした運命を掴み、リィンは血塗れた枷と鎖を壊す。消えてしまえと思った自分の手を握り、受け入れる。その存在が忌々しく、無意味なものなどではないと、改めて心で解ったからだ。
 ――お前が居たから俺が居る。俺が居たから、お前が居る。
 智解を越え、揺らがぬよう、体解する。曇りなき刃を携えて、彼は一歩踏み出した。抜き放った太刀の刀身が、差し込んだ微かな光を受け取り反射する。リィンの決意を表すかのように、黄昏を裂きながら。
「今更、何が出来る――と訊かれて、お前に返せる言葉があるのか?」
 あまりにも強大な力。《大地の竜(ヨルムンガンド)》の名を掲げ、世界を呑み込み始めたエレボニア帝国に、対等な力で諍える者など存在しない。巨竜の首を落とせる存在など、居たとしてもごく僅かで、無闇に諍ったところで、吐き出す業火によって意思諸共消し去られるだけ。
「……俺達の力は、貴方の言う通り……今の世界の中では、小さなものでしかないかもしれない」
 手放したりしないと誓った。己が刻んできた軌跡を、幾重にも積み重なった記憶を、それらが集って存在している自分自身を。
 見失ったりしないと契った。いつか願った未来を、帰れると信じた明日を――彼方で思い描いた、七色の夢を。

「それでも、最後まで諍うと決めた。――俺が、俺自身である為にも!」

 リィン・シュバルツァーは、黎明を背負い、黄昏に諍う。――築かれた《Ⅶ》と歩み、明日への鼓動が響く胸に消えない意思を宿らせて、希望という名の閃光の行方を追い、行き着く先を見据える。
 願いと共に在る明日への軌跡が、輝く未来を手繰り寄せる事を信じて。

Next Chapter…

SEN NO KISEKI IV -THE END OF SAGA-